Study Abroad
Freshman (1976.9 - 1977.8) ..3

■英語学校からの推薦状■
私が大学に入学できるように英語学校から大学宛ての推薦状を書いてもらいました。下がその文面です。私は 推薦状を書いてもらうようお願いした記憶は有りませんが、英語学校側からの気配りとして有り難く 思っています。多分、私のように英語能力が若干不足している学生の場合、大学側から英語学校へ 推薦状を要求したのではないかを推察されます。

日付を見ると1976年10月8日となっています。ほぼ学期の中間点です。多分、大学はこの時点で私を入学させるか いなかを判断しなければならなかったのだと思います。

■大学生になれる■
1976 Fall Semesterが終了前に以下の通知が大学からきました。内容を見ると、大学入学の申請は認可 された、と書いてあります。正確には、次の学期(Spring 1977)を認可すると言うことです。そして、 この認可はFall 1975の学期の授業を良い状態で完結していると仮定しているとなっています。
次のパラグラフを見ると、専門学科でなく大学に入学が許可されているとあります。アメリカの大学では、 1年生から専門学科に入れません。入学したら大学のアドバイザーに自分が勉強したい専門学科を伝えます。 するとアドバイザーは、取らなくてはならない科目と成績を教えてくれます。私の場合は、工学部土木科 希望でしたから、微積分学1、微積分学2、微積分学3(ベクトル)、微分方程式1、 物理1、物理2、化学1、化学2、材料力学、運動力学 をとり平均成績が2.5以上でなければならないという条件でした。その他、教養科目32単位と保健体育の2単位 も卒業まで取る必要があります。もちろん、工学部土木科に入ったら更に必要科目もたくさん有ります。
次のパラグラフでは、授業料の一部として50ドルのデポジットを払えと書いてあります。継続の意思を 示すものです。更に下のパラグラフでは、私の大学での記録等は全て私のsocial security number で管理されるということを伝えています。

入学を許可する通知
留学生への重要な通達

2枚目の手紙は、留学生への通達が書いてあります。 ビザ、アドバイザー、レジストレーション、英語教育、オリエンテーション、健康診断について書いてあります。 私の場合、ビザを1981年まで更新しました。ビザには、2学期間の授業料と生活費を学校側が記入しなければ なりません。それによると、総額で4050ドル必要となっています。この金額は夏季講座期間中を除いた費用です。

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